「美言不信 信言不美」は『老子 道徳経第八十一章』の中の言葉です。
「美言は信ならず、信言は美ならず」
つまり、美しすぎる言葉は信じられるものではない、信じられる言葉というものはそう聞こえのよいものではない
という意味です。
言っていたことと全く違うじゃないか!書いてあることとぜんぜん違うじゃないか!
特にこういうことは中国では日常茶飯事のこと。。中国の人々はそういうことを全部踏まえて次の行動を考えています。
頭がいいといいますか、最初からちゃんとしろよ、といいますか・・・。
中国に来たばかりの日本の人の中にはこういうところにうまく適応できず、中国が嫌になってしまう人もいるようです。
以前も書きましたが、中国の履歴書というのは「美言」という「美言」がことごとく並べられ、ただ単に形式的なものとして書かれます。雇用者も被雇用者も履歴書はそういうものとしてしか見ておらず、自己アピールの一つの道具とは考えられていません。
自己記録書
といってもいいでしょう。
記録は記録でも大したものではない記録も、あたかもすごい能力をもっているかのように書かれます。
自己アピールも「真面目、健康、努力家」みたいな言葉が淡々と書かれているだけなので、履歴書を見ただけではその人がどういう人間かは全然分かりません。
一方日本はどうでしょうか。中国と違って履歴書はかなり重要視されているので、「美言」にならないよう真実を伝える言葉を書こうとします。採用不採用を決める上で役割は大きいといえます。
こういった日中の履歴書文化の違いがあると、誤解も生じやすいですね。
中国人は日本人の履歴書を見てそれを形式上のものと理解し、長々と書かれている自己アピールを見て、逆にそれが「美言」と映るかもしれません。
日本人が中国人の履歴書を見ると、
なんて不真面目なんだ、書き方を知らんのかこの人は!
と思うでしょう。
中国に来たばかりの方はこの点に注意して現地の人事採用をしなければなりませんね。「美言」にだまされないよう老子様の言葉をしっかりと頭に入れておきましょう。
美言不信 信言不美!
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